お寿司のルーツ 「なれずし」 さんまやふなが有名

   

 

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こんにちは、うさみです。

先日、家族で回転ずしを食べに行きました。(私たちの席はレーンが回っておらず、注文は全て紙に書くシステムでしたけど)

 

お腹いっぱいになり、ふと、お寿司はお酢を使っているから広い意味で発酵食品の仲間と考えてもいいかなあ、と考えているときに思い出しました。

 

そうだ、熟鮓(なれずし)があった!

 

熟酢(なれずし)とは

 

熟酢とは

 

主に魚を塩と米飯で乳酸発酵させた食品である。現在の寿司は酢飯を用いるが、なれずしは乳酸発酵により酸味を生じさせるもので、これが本来の鮨(酢)の形態である。現在でも各地でつくられている。現在の主流であるにぎり寿司を中心とした早ずし(江戸前寿司)とは、まったく違う寿司(酢)である。

ウィキペディアより引用

 

和歌山県のさんま滋賀県のふな福井県のへしこ、他にも郷土料理として残っていますね。(へしこは朝ドラ「ちりとてちん」で印象的なエピソードと共に登場したのですごく記憶に残っていますが、食べたことがありません)

 

ウィキペディアの鮒ずしのページを見ると、「他の臭い食べ物との比較」という項がありました!→すごい興味深い比較ですよね…

 

それによると、鮒ずしのにおいは486。

納豆は452。→ほう、じゃあ鮒ずしのにおいも慣れていれば大丈夫そう?

焼きたてのくさやは1267。→ひえ~、比較できない感じです。

シュールストレミングは8070。→ご存知ですか?スウェーデンの塩漬けのニシンの缶詰で、世界一臭い食べ物なんですって。数字も強烈ですね。

 

なんでも2014年にノルウェーで、24年間忘れ去られていたシュールストレミングの缶詰が見つかったそうです。

ただでさえ臭い食べ物が24年間かけて発酵がすすんだと思われ、所有者の夫婦は念のためご近所の皆さんにお知らせし、ノルウェー軍に連絡し、スウェーデンの専門家に来てもらうことにしたんですって。

専門家のマドセンさんは「シュールストレミング開缶式」を行うことにし、ノルウェー・スウェーデン両国のメディアも注目する中、缶を開けてみたところドロドロに溶けていて、腐った卵のようなにおいがして食べられなかったそうです…。

こうなるともう事件ですよね。この出来事、私もテレビで見た記憶がありますよ。

 

 

あ、話題がそれてしまいました。なれずし、熟酢。

 

熟酢(なれずし)の起源

 

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もともと東南アジア起源で、日本へは稲作の伝来とともに中国から伝わったとされています。

魚介や畜肉を強く塩にまぶして米飯の中に何か月も漬けこんでおくと、飯が糖化して乳酸発酵し、独特な酸味が生じます。

その間に動物たんぱく質はうまみとなり、そしてこの乳酸がしみ込んで保存性が高まり、おいしく食べられるようになります。この場合、飯は漬け床であって食用にするのではありません。

米穀機構 米ネットより引用

お米は漬け床で、食用ではないんですか。ものすごい高級品だったと思われますね。

今のお寿司とはまったく違うものですね。この「米ネット」の中で面白い!と思ったことがあります。

それは、

東南アジアのメコンの平野部の稲作地帯で発明されたなれずしは淡水魚をつかっていましたが、日本に伝わり海の魚や貝類も漬けられるようになりました。ここに握りずしのネタが豊富になる伏線があるのです。

 

という一文です。とても日本的ですよね。伝わった文化を受け入れ、自分たちのものとして独自に発展させていく。

中国のなれずしはどうなったんでしょう?

今も食べられているんでしょうか。そんな中華料理は思いつかない…。

 

調べてみるとこんな記述が見つかりました。

なれずしは(中略)中国では13世紀に北方民族である「元」に征服されると跡形もなく消え失せてしまった。

日本食辞典より引用

えー!元の人は発酵食品は嫌いだったのかなあ?

同じことがここにも書いてありました。

中国では河南の非漢人文化に発し、徐々に華北地方にも広がり南宋時代に大流行したが、元朝時代に急激に衰え、明朝、清朝にかけて消滅していき、中国南部の少数民族の中にだけ残ったとされる。元の支配層が魚に興味を示さなかったことに加え、米や酒などの乳酸発酵原料が不足していたため、酢が膾(なます)や塩辛に近いものに変化していき、そちらに吸収されていったためと考えられる。

ウィキペディアより引用

お、おもしろい!元の人というのはモンゴル人ですから、魚は食べ慣れていなかったんでしょうね。

元の人の食べた発酵食品についてはまたいずれご紹介しますね。

 

熟酢(なれずし)からお寿司へ

 

室町時代になると比較的短い時間で漬け込む生なれずし(半なれ)が登場しました。魚はまだ生なましいけれど、米も食べられます。

寿司桶に塩をした魚と飯を交互に漬け、ふたをして重しをすると数日で軽い酸味がしみ込みます。今日、各地に伝わる押しずしや箱ずしの原型です。

米穀機構 米ネットより引用

 

もう、においは気にならなさそうですね。

生なれずしが箱ずし、押しずしになり、江戸時代になると米酢の広がりとともにさらに変化を遂げます!

 

こうなると、おいしいものをできるだけ早く食べたいという欲求が強まり、元禄の頃には笹巻きや柿の葉寿司も広く家庭でも作られるようになっていました。

しかし笹巻きや柿の葉寿司も重しをして味をなじませるのに数時間から一晩は必要でした。

笹巻や柿の葉寿司は、ネタを酢飯を合わせて握り、さらに防腐の目的と飯同士がくっつかないように笹や柿の葉で巻き、包む。それを箱に入れて押して味を馴らします。

文政の頃、その寿司の着物を脱がせ裸にしたのが両国の花屋与兵衛(ほかのサイトでは華屋与兵衛という表記もありました)で、ネタと酢飯を重ねて握りました。

米穀機構 米ネットより抜粋して引用

 

これはもう、お寿司ですね!

簡単にお寿司の歴史を振り返ってみました。

おいしいものを早く食べたい!というのは昔も今も変わらず日本人が求め続けてきたことなのかもしれません。

そして、その過程のなれずしがまだ地方名産として残っていることはとても面白いと思いました。

 

鮒ずしやさんまのなれずし、食べてみたいなあ。

 

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